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オタクは世界を回す

オタク系コンテンツに関して書いたり

腐ってない人によるBL理解1 第一の勘違い 〜友情と愛情〜

ブログを始めた主な理由の一つがこれだったりするので気合が入ってます。長くなりそうなので順を追って何回かに分けて書くので今回は第一回!

 

僕は男で、いわゆる「腐男子(男性のBL愛好家)」でも全然ない普通のオタクなのですが、数人の腐女子の友人や、コンテンツとしてのBLの強さ(販売スペースの広さ、市場の広さなど)を見ているうちにだんだんと「BLとはどういうものなのか」という興味が湧いてきて、最近はBLについて考察を巡らせてみたり腐女子の友人に質問をぶつけたり、さらにはBL書籍を読んでみたりして理解を深めています。

こんなに心血を注いでる愛好家が多数いるジャンルなのに、何一つ理解してないのは結構悲しい事だなと。

 

だってみなさん、気になりませんか。

 

どういう欲求でBLを読むのか?どういう欲求でBLを描くのか?なぜあんなに妄想を膨らませるのか?なぜこんなに多くの愛好家がいるのか?「鉛筆削り機×鉛筆」って何が楽しいのか?

 

これはほんの一例ですが、これらの疑問を友達の腐女子の多大な協力を得ながら少しずつ紐解いていくと、BLやBL愛好家(腐女子腐男子)に対して大きな勘違いを幾つもしていたことがわかってきました。

という事で、近いようでブラックボックスだったBLを段々と理解していくのが楽しいね!っていう記事です。私一個人の知的好奇心を満たすための記事という事でご了承ください。

僕もまだまだ道半ばなのでみなさんコメントなどで助けてください・・・

 

 

前提として、僕は男で、今現在でもBLを特に好んでいるわけではない(忌避してるわけではない)です。その観点からBLというコンテンツとBL愛好家に対する理解を深めていきたいという立場です。

キリスト教研究もキリスト教徒によって行われるものと非キリスト教徒によって行われるものがありますのでそんな感じで受け止めて頂ければと思います。

 

前置きが長くなってしまいましたが、今回のテーマに行きたいとお思います。

今回は「友情と愛情」というテーマです。

つまり、BL作品における愛情は友情の延長線上の表現なのではないか?ということについてということです。結論から言ってしまうとこれは「間違い」らしいのですが、僕のBLに対する勘違いはここから始まりました。

 

 

少し昔話をします。

イナズマイレブンのゲームが発売されアニメが放送開始を迎えた頃、僕は対象年齢からはいささか外れた年齢にあった男子でしたがしかし、その大迫力の必殺技、今までにないゲームの操作の面白さ、そして何より心を熱くさせるストーリーに熱中していました。(アレスの天秤、超楽しみですね)

そして、そのうちアニメ・ゲームでは飽き足らず、いつしかpixivに投稿されているファンアートに行き着くことになります。そこにあったのは「腐向け」の嵐。そうです。イナズマイレブンはBLの巣窟だったのです。僕はそこで初めてBLの存在を強く意識することになります。腐向けではないイナズマイレブンのファンアートを探すために、細心の注意を払う日々。

 
一応言っておくと、別に趣味は人それぞれなので腐向け作品があってもいいし、むしろBLのおかげで「イナズマイレブン」というコンテンツが盛り上がり売り上げも上がっているはずなので大いに肯定はしていましたが、個人レベルでは死活問題で。下手に腐向けの絵を開いてしまったら見たくもない男性キャラ同士の絡みや、場合によっては男性器まで見てしまうのはさすがに気分が悪いですからね。
 
一方でイナズマイレブンのゲームのオフ会などを通じて腐女子の知り合いもできたりして、とにかくイナズマイレブンを通して自分の中でBLに対する「拒絶」と、わからないからこそ理解したくなる「興味」が芽生えていきました。
 
 
 
そんな中、pixivで一つの作品に出会います。というか、間違って見てしまった、という感じでしょうか。イナズマイレブンgoの腐向けの非18禁二次創作漫画でした(今考えるとgoなので結構後ですね。昔話なので記憶違いがあるかもしれないですが許してください)
主人公の天馬くんが、好きだった女性が結婚してしまったために失恋し、河川敷で泣いているのをチームメイトの剣城くんが慰めるが、実は剣城くんは天馬くんが好き、みたいな話だったと思います。
 
リンクが見つからないので後日探しておきますが、これを見て僕は「あ、BLの愛情は友情の延長線上にあるものなのかな」と誤解してしまいました。「天馬くんと剣城くんのチームメイト・友達としての友情を最大限に表現するために愛情という表現を使っている」のだと。特にこの漫画では(確か)剣城くんが天馬くんの理解者のように描かれていたのでそのように感じてしまったのだと思います。
 
しかしこの見解を腐女子の友達に話したところ「全然違う」との回答をいただきました。正確に言うと、「そういうパターンもあるかもしれないけど基本的には全然違う」と。全然違ったらしいです。
逆にここで間違っていつつも自分の中で一定の理解をしたために「BLを全く理解できないから完全に拒絶し否定する」ということにならずにこれまで過ごしてこれた節もあると思いますが。
 
BLというものが理解できなさすぎて自分の尺度で理解しようとした結果の失敗でした。「友情の延長」ではなく、「初めから好きなものは好き」ということらしいです。確かに男女の恋愛においても「好きなものは好き」ですよね。そこを特別視する必要はないようです。BLであってもNL(男女の恋愛)のように容姿や性格などで人を好きになる。大変ひどい勘違いをしてしまいました。失礼しました。
そもそも友情の延長であるというのなら友情が成立しないBLは描けない事になりますが、そんな事はないでしょう。僕はまだそんなにたくさんのBL作品を読んでるわけではないですが、あまり絡みのない二人の恋愛や敵同士の恋愛など、友情関係がないBLだってたくさんあると思います。
 
私の場合が以上のような経緯があっての勘違いだったので同じように捉えてる人は少ないかもしれませんが、個人的にはこの勘違いがBL理解について5年ほど足を引っ張っていたので大発見でした。ここから僕のBL理解は始まります。
 
結論:BLにおける愛情は、友情とはあまり関係がなく、ただ好きなのである
 
 
今回はここまで。
次回は「BL焼肉説」をお届けしたいと思います。